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知ってる?
よく殺人事件で民事裁判で争うやつあるでしょ損害賠償何千万とか判決出るあれ
あれね、加害側弁護士がすぐさま破産を薦めて、実際は払われないことがほとんどなんだよ
少年事件での民事裁判賠償命令ってのは、別な目的のためにやるから

だから今回もきっと払われない


178:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/25(水) 23:23:54.17 ID:WGrRMjWC0

»172
嘘だろ…?


186:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/25(水) 23:26:21.21 ID:QmQgi2yS0

»178
本当だよ
だって少年法じゃ刑事裁判は公開されない、遺族にすら
だから遺族が民事を起こすのは、何があったか知りたいから
それしか知る方法がないから民事を起こすのであって、金目的ではない
だがこれを知らない世間が何千万って賠償が出ただけで
子供の命を親は金に変えたとか無知をさらけ出しながら被害者をたたいて追い詰める

実際に出た判決なんかでも数百万、加害者が複数人いたら1人当たり支払いが数十万程度なんてのもあるのに

あと»136は当然
だって無免許だったら保険は入れるわけないじゃん
私もきのう「報道ステーション」で、加害者の父親にインタビューしているのを見て、気分が悪くなった。最近、この種の交通事故や殺人事件のニュースが妙に増えた。池上彰さんもいうように昔は殺人や交通事故はローカルニュースで、よほど大きな被害が出るか凶悪でないと全国ニュースにはならなかったが、最近は単純な事件・事故が大きな扱いを受けるようになった。 これはテレビ局の経営が苦しくなって芸能人のギャラの高いドラマが減り、低コストで視聴率の取れるニュースやワイドショーの時間が増えたためだ。しかも地味で時間のかかる調査報道より、現場に行けば絵の撮れる事件もののほうが楽に数字が取れるので、一つのニュースに各社が殺到する。だからマスコミの心が腐っているのではなく、これは彼らが没落する前兆なのだ。
僕がゲーム研究を始めるきっかけとなったゲームに、『伝説のオウガバトル』(1993年、スーパーファミコン用ソフトとしてリリースされた戦略シミュレーションゲーム)があります。あのゲームがいかに素晴らしいかを世間に伝えたいと、ずっと思っているんです。反乱軍を率いて帝国軍が占領している街から民衆を解放していく、というのが基本的なストーリーのゲームです。このゲームが面白いのは、民衆からの支持率のパラメータが重要な点です。ただ、自軍のレベルを上げて帝国軍を倒していくだけではなかなかクリアできないように設計されているのです。

 たとえば、魔獣みたいな強力なユニットを使って帝国軍を一気に蹴散らすと、民衆は「帝国軍よりもっと怖い集団が来た」と恐れて、反乱軍の支持率を上げてくれないわけですね。そうすると軍資金を集められなくなってしまい、最終的に負けるようになっている。では、そこそこのユニットによって帝国軍を民衆の前で見事にやっつけてみる。そうすると、民衆からの支持率は上がるのですが、今度は強力なユニットの不在でボスなどに勝てなくなってしまう。この難題をどう解決するかというと、民衆の前では英雄として自軍より手強い帝国軍をどうにか駆逐して支持集めつつ、街から遠いところには強力なユニットを派遣して民衆の支持を得られそうもない戦いぶりで帝国軍を倒していくんです(笑)。民衆に見えなければ支持率には影響しない、という設定がこのゲームにはありますので、これはなかなかすごいなと。

未だにぐぐることすら出来ない人って結構いるじゃない。

まぁそういう人は「ぐぐれる人に聞こう」ってなるじゃない。

そこそこ的を得検索結果をまんべんなく出してたら、「あいつに聞けばいいや」ってなるじゃない。

その結果、いつもメールとか電話が着信しっぱなしになるじゃない。

ちょっとデザインかじってたりweb作れたりすると、「簡単でいいから作ってよ」って人が寄ってくるじゃない。

「今時web作るのってタダでできることばっかりなんだから、全部無料で作ってよ。メシおごるから」とか言うじゃない。

結婚式のウエルカムボード作って〜」「そういうの得意なんだよね?」とか言うじゃない。

もちろんめでたいことだからタダでって圧力かけるじゃない。

さらにPC自分の興味範囲で自作してたり、不具合対応に慣れたりしてると、

「なんもしてないのに壊れたからなおして」っていう人が出てくるじゃない。

1日かけて普通に動くレベルまで調整して返したら「ありがとー、ごはんおごるわ」とか言うじゃない。

そういうのがエスカレートして、

ニコニコから音楽落とすのどうやんの?」

「タダでpspソフト落としたいんだけど」

漫画全巻落ちてるサイト知ってる?」

とか言ってくるじゃない。

知らないって言ったら「調べて」って言うじゃない。ヘラヘラしながら。

試しに「それしたらなんかくれんの」って聞いたら「なんかおごる」とか言うじゃない。

なんで「なんかおごるから万引きの仕方教えてー」と言えるのかと考えたはじめたら悲しくなった。

次々と他愛もなく浴びせられる要求に、善意が枯渇していくのを感じた。



氾濫している情報から適切な情報を届けることに対して「タダでできそうラッキー」とか「安く買いたたける」としか考えていない人が、大勢いたんです。

感謝言葉と「なんかおごる」程度の謝礼で、私に「都合のいい秘書になれ」「万引きをしろ」と簡単に言う人が、大勢いたんです。

これは5年前の話ですが、それ以来PCを介した情報を誰かに気軽に届けることに対し、身構えて知らない振りをすることが多くなりました。

2012年現在どうなの?

私は未だに「ぐぐれない」人がたくさんいて、少しでも「なんかおごったらやってくれそうな人」を見つけたらそういう人達がダッシュで突っ込んでくるような気がしてならない。

福島で取材していると、「逃げる」という表現をよく耳にする。「うちの近所にも逃げた人はいたよ」とか「逃げたいけど先立つもの(カネ)がないからね」といった具合だ。

 「逃げる」が「避難する」という意味に使われているのだ。それは「放射能から逃げる」という意味でもあるのだろうが、多分に「仲間をおいて逃げる」というニュアンスを含んで使われているように感じた。

 大人だけではない。子どもの社会でも「逃げる」という表現が使われている。小学生の子どもを持つ父親が語った。

 「一時避難していて学校に戻ってきた子どもが、まず友だちに言うのが『ごめん』なんだそうです。避難していた子を『あいつは逃げた』と、うちの子も普通に言います」

 露骨なイジメがあるわけではない。「逃げた」と言う方も、あからさまな敵意があって言うわけでもない。

 しかし、そこに「陰湿な空気」を感じないわけにはいかない。それがあるからこそ、戻ってきた子どもがまず口にするのが「ごめん」なのだ。

 「友だちを残して自分だけ逃げてきた、という気持ちを子どもは持っています。それに苦しんでいます。だから、『帰りたい』と何度も何度も言うんです」。子どもを避難させて、自らは福島に残っている父親はそう言った。避難した子どもも、避難した先で「ごめん」という気持ちに苦しんでいるのだ。

変態ツイート多めとほざいておきながら、内容は小学生、いや、幼稚園レベルのシモネタのオンパレード。それを身内で誉めあうという今の永田町ですら見られない茶番劇に、僕は怒りを通り越して虚無感に包まれました。

ファッション変態共にはパワーが感じられないんですよ。この行為をしなければ精神状態が安定しないどころか、生死に関わる。その刹那の糸を張りつめているような緊張感がまるで感じられない。あるのは安全圏で自分の大したことない性癖をアピールして悦に浸る、腰抜け根性。自身の魂を削らないものに、どうして他人を震わせることが出来るでしょうか。
そして知性が足りません。卑猥な単語を、言葉を覚えたばかりの旧人類のように連呼するだけで、こいつら国語の勉強、いや、そもそもまともな教育を受けたのかが疑問です。自身の変態性を他者へと伝えるための表現力と感性がまるで欠如しています。

そもそも変態は迫害されるべきなんですよ。迫害されても、あえて変態という後ろ指を指されながら、自分の信念を貫き通す生き様。社会では常識人という仮面を被りながら、影では変態行為をするという多面性。隠匿されるべき行為に背徳感を感じる高度で知的な文化活動。これが真の変態というものではないでしょうか。

なのにファッション変態はどうでしょうか。隠すどころか公の場に表れ、自分を異常に見せようとすることだけに血道をあげ、行為には情熱を捧げない。もうね、こいつら死ね。

中世より魔術は隠匿されるべきで、公にされればたちどころに神秘性を失うと言われていますが、変態もまさに同じだと思います。今こそ変態に神秘性を復活させるべきではないでしょうか。誰がやる?そう、僕らです。今こそ真の変態道を突き進みましょう。

勉強ができる奴は勉強が好きだから、余計にできるようになるし、できない奴は、どうせやってもできないと思ってやらないので、絶対にできるようにならない。しかも、最近の傾向として、私ができない人のために勉強法の本を書いても、できない子は読まずに、できる子のほうが読んでいる。金持ちのほうが積極的に金儲けをして、貧しい人は教育を含め投資をしないから、格差は広がるいっぽうだ。

最近、知ったことだが、美しい女性のほうがもっと美しくなろうと思えるし、変なコンプレックスがないから、整形も平気でするし、若返り術もきちんと行う。ところが、そうでない女性は、整形をするとブスを認めることになるから、何もしない。かくしてルックスの格差まで生じてしまう。
淡水魚を海水に入れて「苦しいと思うけど周りの魚はみんな過酷な海で我慢してるんだよ?」と言い聞かせると「過酷な海で」と言ってるくらいの処で死ぬ。
淡水魚を海水に入れて「苦しいと思うけど周りの魚はみんな過酷な海で我慢してるんだよ?」と言い聞かせると「過酷な海で」と言ってるくらいの処で死ぬ。
殺人や戦争を主人公が行うにあたって、そのように大量の言い訳を用意しなければ出来ないというのが、21世紀のエンターテインメントの優しさであり、歪な所である。